身体的接触と心理的治癒

自分はかなり幼いと思う。

大人のようにひとの世話をして、大人の真似をして”大人ごっこ遊び”をしているような……そんな気がするときが、ある。子供が不器用に、おぼつかない足どりで歩いているような。だけど実年齢は世間的には大人なので、そのように振る舞わなければならず、一生懸命、必死に、大人と同じことをしようとしている子供。そんなふうに思える……。

子供同士が大人の真似をしている。結局、どちらも子供なので、どこか危なっかしい……。なんだかふと、そんなふうに、少し離れたところから、自分とその近辺のことを見ている気分になった……。

それは心理療法のよう。

年齢退行を行い、少しずつ子供に戻り、

そして傷が癒えてゆく……。

いま、その過程で、私は幼児になって、

わがままに振る舞い、それを受け入れてもらい、安心しきっているのだと思う……。

傷が癒えてゆくのを、いま、確かに、感じている。

いろんなことがよくなってゆくのを、体感している、その最中。

いっとき、こういう精神状態に、なる、というのは、いい兆候なのだろう。

人との関わりのなか、信頼できる人と接触することそれ自体が、癒やしなのだ。心と心が触れ合うとき、そのときこそ、治癒するのだろう、傷は……。

絶対的な安心感。心穏やかな日々。得がたいものだ。しかしいま、その状態にある。こういうことなのかもしれない。幸せというのは。私があれほど望んでいた、あたたかい場所というのは……。

いま、ここにある、私を包み込んでいる世界は、

子どものころ、夕暮れ時、近所の家から漂ってきた幸福な匂いを嗅いでは思っていた、あたたかい場所……私の居場所……私を受け入れてくれる、安心できる場所……。笑いあい、ふざけあい、自分を出せるそんな場所……、

私はいま、そういう場所に、いるのだ……。

やっと辿り着いたのだと……、

そう思える。

ああ、そうか。

そうだったのか。

こんなところに、すぐそこに、手を伸ばせば届くところにあったのに気付かなかったのだ、私は。

そうか、これが、そうなのか。

私はもう怯えてる場合じゃないんだろう。いま、手を伸ばすから、救いを求める手を伸ばすから、だからその手を、掴んでほしい。

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