“「尼寺へ行け!」”- ハムレット

タイトルはシェイクスピアの『ハムレット』(日本語版)より。

以下、雑念を記す。

事実はただそこに存在するだけのものでしかなく、それそのものは善でも悪でも正でも誤でもない。事実は事実としてそのまま受け入れるしかない。受け入れようが受け止めきれなかろうが厳然とそこにある。 その「事実」が、良いか悪いかの「判断」は、別に必要がなければ、しなくてもいいものなのかもしれない。そのあとに、それらの事実を分離、峻別、思考、判断、決断、行動、その他、具体的に何かをしなければならない事情がない限りは……。

しかし多くの場合、その「必要」があるから「判断」するのだろうとも思う。そして「判断」することに慣れてくると瞬発的に悪に嫌悪感を抱き正義感から憤り、ということが起きるのかもしれない。

まず宙ぶらりんの状態に耐えられる精神力と、ゆっくり考える時間と、思考や理屈だけではないところで感じられる感受性と、そんなものたちが必要なのかもしれない。心の余裕……余裕というか……遊びの部分というか、服を着るときに袖にあまる部分があると着やすい、みたいなことかもしれない。

ある種の、そう、禅寺の修行のようなことが、日々、忙殺されることにより奪われ、現実的には叶わないのかもしれず、そういった意味では私は幸せでめぐまれているのだとも思う……

とぞ、おもふ

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