自他の境界

他人は自分ではない。

境界が無いとき、相手の感情が自分のもののように感じられる。

相手の心に踏み込んでしまうことがある。

あれをしろ、あれはするな、と、なにごとにつけいうことがある。

ふつうそうだろう、常識だろうが口癖である。

そのように相手を支配しコントロールするのが対人関係、人間関係、コミュニケーションだと思っている。

「あなたのためをおもって言っている」「あなたのせいでわたしは怒っている」「わたしは正しい。だからあなたが100%悪い」

自分と他人が融溶している。境界が無い。

そういうひとが、相手のことを、尊重も尊敬もしなくなったとき。自分のために振る舞ったとき。自分を正当化する理論を組み立てたとき。これは○○のせいだと責任転嫁したとき。自分の問題を否認し、向き合うことを回避し、それを理由づけし合理化したとき。失うまい、と行動したとき。そのときこそ、その言動こそ、あなたが失いたくないものを失う原因、離れてほしくない他人が離れることの、トリガーになるのだ。

そして、頭で理屈を理解していても、知識として知っていても、自覚していてもなお避けることも、やめることも、どうにもならないことでもあるのだろう。

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