親に愛されてこなかった子どもが大人になって困ること

すべての問題が解決するわけではない。

そう思い知ったのは、自分が、自分自身と他人とを、ひどく傷つけたあとだった。

何年も前のこと。

男性から好きと言われて、にわかには信じられず、そんなことがあるわけない、自分は愛されるはずがない、それはただの性欲にすぎないと考え、そして私は私自身を、心の中で罵倒した。おまえなんかが愛されるわけがない、と。だからこれは恋なんかじゃないのだと。否定し続けて生きてきた。圧し殺して、息苦しくて、つらかった。

好きだとか愛していると言われると、そのひとのことを攻撃せずにはおれなくなる。

何かを試しているのだろうか。

ギタギタに傷つけたあと、それでも変わらずにいてくれるのかと。

自分自身だけでなく、他人をも傷つけてしまうのは、いやなのだ。つまりこれは解決されていない問題なのかもしれない。

生理前に死にたくなるのはれっきとした病気だそうだ。とてもつらく、苦しく、衝動的に自分自身を攻撃する。

この症状と、他の様々なことが重なった。

それによって私はさらに自己嫌悪に陥った。

こんな自分に、誰かを救うことができるのか。

あなたは本当に私のことが好きなのか?

私は本当にあなたのことが好きなのか?

愛される自信も、「私は誰かを愛することができる」という確信もない。

この問題を抱えたまま生きるのか。いつかどうにかなるのか。どうもしなくていいのか。

さびしい。

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