神殺し

ミカ・ワルタリ『エジプト人』を読んでいる。

上巻の終わりの方で「偽王の日」という祝日、祭事が描かれている。これを読んで、著者はフレイザー『金枝篇』を読んだことがあるんではないか、と私は思った。

『エジプト人』の「偽王の日」では、その日一日だけ民衆から王が選出され国王にされる。国一番の愚か者に国王の全権を委任し、ちやほやする、というものだ。

ただし日没には殺される。

フレイザーの金枝篇は謎解きのような構成になっている。初めの方で、王殺しについて描かれる。そしてそれはなぜか、どういうことかを、資料・史料をもとに推測していく。男が金の枝を持ち、王を殺害し、新たな王となる。定期的に行われる儀式だ。これはいったいどんな意味を持つのか――。

かつて、いわゆる未開社会のある民族には、国王を神とみなす風習があった。旱魃などの天災により、穀物の収穫が減る。すると、王(=神)の威力が減じたということになり、だからそれを殺害し、新たな王をたてようということになる。

死と再生。

狩猟採集民族より農耕民族に多く見られる思想、宗教、儀式、儀礼、あおれらのもとになっている観念、想念。

ここでおもうのはこれが、日本では昭和35年に出版されたということである。『エジプト人』は紀元前を舞台にした冒険譚でありながらも、考え方がごく近代的である。奴隷がいる当時の価値観を持ち合わせた人物でありながらも無理なく物語を読み進める事ができるのは、戦争の悲惨さ、奴隷の扱いの酷さ、他国の人との諍い、そういうところに著者の見てきた「戦争」、そのとき感じたことなどの影響が少なからずあるのではないだろうか。主人公は神が信じられなくなるのだが、これもまた著者のそのような体験によるのかもしれない。

フレイザー『金枝篇』に描かれている王殺しはすなわち神殺しであった。そしてミカ・ワルタリはくしくも『エジプト人』で、神殺しを行ったのである。本と本の共通点には色々あるけれど、こういう「括り」もまた、おもしろいのではないだろうか。

そんなことをおもった。

もし『エジプト人』を買われる方がいたら、「上・中・下」の三冊あるので、中巻をお忘れないように気をつけてください(三冊セットのものを購入するといいのかもしれません)。

私は古本屋さんで、何かの本を下巻だけ買ったことがある。がんばって読もうとしたがやはり無理だった。

ミカ・ヴァルタリ, 飯島淳秀
角川書店 ( 1989-12 )
ISBN: 9784042185000
初版 金枝篇〈上〉 (ちくま学芸文庫)
ジェイムズ・ジョージ フレイザー
筑摩書房 ( 2003-01 )
ISBN: 9784480087379
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編
村上 春樹
新潮社 ( 2017-02-24 )
ISBN: 9784103534327
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