翻案 牛男

あるところに、牛と呼ばれた男がいた。男はせむしだった。その風貌から牛というあだ名がついた。ある日、男は主人の使いで買い物に出かけていた。赤い口紅を買ってくるようにとのことだった。街は明るく、男には居心地が悪かった。店へ入ると店主が妙な顔でこちらを見た。このような場所に来るには、男はあまりに醜い姿だった。言伝を預かっておりますと男が言うと、店主は合点がいったようであった。そして赤い口紅を男に渡した。男は支払いを済ませると、主人宅へ向かった。男が帰ると主人は、それはここにしまっておいてくれと指示をした。男はそのようにした。しばらくすると来客があった。この家に何度か来ているため男はその女を見たことがあった。白い肌の女であった。唇は真っ赤だった。まるで血のようだと男は思った。

翌日、男は使いを頼まれた。車を走らせていると、後方からごとりと音がした。それは、かつて女であった物体だった。

せむし男はその体躯から、働く場所がなかった。そこへ、いまの主人と出会った。はじめ主人は優しかった。しかしそのうち、男は主人の性癖を知ることとなった。美女を誘惑しては殺害しているのだった。主人がそれをする合図が、赤い口紅であった。
牛、紅を買ってくるように。
主人は男に、そう言いつけるのだった。

男は森の中へ入った。車を止め、降りる。適当なところで穴を掘り、手際よく物体を埋める。車に乗り、その場を去った。

穴のそばには、赤い口紅が落ちていた。

(了)

中島敦『牛人』青空文庫

http://www.aozora.gr.jp/cards/000119/files/1742_14529.html

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