恋バナ

Part.1

15歳のころ、私は恋をした。
相手は30歳の上司。私は働いていた。住み込みだった。寮は職場と同じ建物の二階にあった。左側は男子寮、右側は女子寮。風呂トイレ共同。

入社したてのころは土地勘がないため、上司と新入社員は同じ日に休みをとらされた。案内しろということなのらしい。その上司もやはり私を郊外に連れていってくれた。

彼の、彼女と一緒に。

その車は彼女のものだった。カセットテープだろうか、男性グループの歌が流れていた。車中はバニラの甘い匂い。

私はなんとなく居心地の悪さを感じた。彼女さんは悪い人ではなさそうだ。だけれど、こちらに話しかけてくれるでもない。ただ彼と話している。彼はたまに私に話しかける。

「おまえ、意外とタマヨのこと好きだろ」

彼女の名はタマヨというのらしい。

そうですね、ははは、と相づちをうつ。苦笑いをするよりほか、どうすることもできない。

車が止まる。

寮の前だ。

遊びに連れて行ってもらって、その帰りのことだった。私は車から降りた。二人を乗せた車は、そのままどこかへ消えた。

私は、なんともいえないもやもやした気持ちでいた。
切ない、とはこういう感情をさすのかと、そう思った。

Part.2

私は20歳で、彼は3つ年下の、職場の後輩だった。

いつからだろうか、冗談を交わし、笑い合ううち、淡い恋心を抱くようになっていた。少しずつ、自分でも気づかぬうちに。

「たばこ吸ってるの」

私は彼に訊いた。

内容はなんでもよかった。

ただ、話したかった。

「ええ。中学生のころから」

「私も吸ってみようかな」

「やめといたほうがいっすよ」

「一本ちょうだい」

「へへ、吸います?」

「うん」

それはかなりきつかった。むせて、ゲホゲホと咳が出た。

ふふ、と彼の笑い声が聞こえた。私は彼の顔を見た。笑いながら。

くらくらするね、と私は言った。

ヤニクラですよ、と彼は言う。

そしてまた、二人で笑いあった。
酔うような、いい気持ち。

とても心地よい時間が、私の中で(もしかしたら彼の中でも)、流れていた。

ある日、彼の同期が店に来た。他店からの移動だそうだ。

そしてその女の子は、同期である彼を好きになった。すぐに告白したようだった。

それからというもの、いちゃいちゃする二人のことを、私は、笑って見ていなければならなかった。

誰にも言えない気持ちを、抱えたまま。

いつだったか、朝方。

仕事前に、職場に電気をつけてまわっていた。

するとひとつの個室に、あの二人が、寄り添って眠っていた。彼女は壁を向き、その彼女を彼は後ろから抱きしめるような格好だった。

起こそうにも、気まずくて起こせない。

よし、見なかったことにしよう。

私はそのまま去った。

先輩が来て、「あの二人は?」と私に訊いた。「寮にいないんだけど」

私は、さあ……知りません、と答えた。

先輩は個室のほうへ行き、彼らを見つけたのだろう、二人は気まずそうに出てきたようだった。
二人が仲良くしている様子を、同じ職場、同じ寮で、いつも見ていなくてはいけないのはつらかった。

以前から、彼が休みの日は寂しかったし切なかった。それでもなんとなくふわふわとした気持ちでいられた。

このころになると、少し、おもしろくないな、という苛立ちがあった。見たくなかった。彼女が彼にベタベタするのを。
その数年後、彼女は彼からの伝言を預かっていると言った。楽しかった、ありがとう。そう言っていたそうだ。
気がつかれていることには、気づいていた。

でも、自分の気持ちを抑圧することしか、私にはできなかった。

Part.3

20代前半。職場にいつもくる宅配の人。若い男性。食器をさげていると、声をかけられた。そのときは気にもとめなかった。

何度か彼は宅配のために来ていた。荷物の受け渡しのとき、伝票にサインが必要なときなど、少しずつ話をした。彼はおつりを渡すとき、私の手に軽く触れた。私の勘違いかな、と思った。その後も、忘れ物をしたといって電話をしてきたり、あの人はいるかな、なんて声が聞こえてきたりした。それでもなお、私が自意識過剰なだけなのだと、私は、私に、言い聞かせ続けていた。
そのときは、楽しくて、嬉しくて、幸せだった反面、苦しくて、つらくて、たまらなかった。

自分を否定し、感情を無視し、すべてを抑圧してきた。

私はブスなのだ。仕事はできない。性格もよくない。人から好かれるところなど、ひとつとしてないのだと。
そう思って生きてきた。
だから私にとって恋とは、私なんかが口にすることは恥ずかしい、そういうものだった。誰にも打ち明けることができなかった。

だがなぜか、人にバレ、噂になり、その噂は私自身の耳に入った。

私は失望した。

人を信頼していたから。

はじめから期待しなければ、絶望することはないのだと、そのとき知った。

多くの人にとっては、なんでもないことなのだろう。

ただの恋バナ。

私が一人で勝手に深刻に悩んでいただけのこと。
自分の気持ちなどというものは、とるに足りないのだと。

そう思い込んでいた、あのころの、お話。

Part4.

バイト先の正社員A 君が、仕事中によくボディタッチをしてくる。それはたぶん、あの飲み会の日がきっかけだった。

工場ではいつも、マスクをしており、顔がほとんど見えない。そして飲み会のとき、私の顔を見た彼は、向こうの方でなにか盛り上がっているようだった。

そしてこちらの席につき、私に話しかけてきた。楽しかった。笑った。冗談を言った。彼も、まわりにいたみんなも、笑っていた。

そんな日々が、ずっと続けばいいと思っていた。
彼は、実家に戻らなければいけなくなった。

そのため、会社をやめるという。

私にとってそれは衝撃的な報せだった。

家に着いて、私は泣いた。嗚咽をあげて。

恋とは、失恋とは、人を好きになるとは、泣くものなのだと、おそらくそのとき初めて知った。

Part5.

お付き合いすることになった男性は、自称オトメンだった。乙女なメンズ。可愛いものが好き。そしてロマンチストでもあった。

私とは、まるで中身が逆のようだった。

彼はしかし、あたたかい家庭を築くのが夢だった。私は付き合う前から「結婚や出産はしない」と言っていた。

遠距離恋愛で、なかなか会えなかったけれど、私はそれでも問題ないと思っていた。

彼は、別れようと言った。

私は、彼のもとへ行った。

これからなのに、と思っていたから。

かわいい服を買う、おしゃれをする、化粧をする、髪の毛も……。
数ヶ月後、私は仕事を辞めた。

そして彼はもう一度、私に別れをつげた。

私はもうどうしようもなかった。

友達でいてねと言った。

フラレたことはあっても、フッたことのない彼のだったから、心を痛めたことだろうと思う。

人生は、自分のために、生きるべきで、だから、彼が、自分の幸せを選択したことは、とてもよいことだと思った。
そのひとが今、どこでなにをしているのか、私は知らない。

Part6.

つれがよこで眠っている。

その横で私はこの文章を書いている。

眠れない夜。

外では雨が降っている。

(おわり)

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